宇宙の「制約」が地上のビジネスにつながる--SPACE FOODSPHEREが「食」に見いだす日本の勝機

 本誌CNET Japanは、2023年10月23日から計9日間に渡り、オンラインイベント「FoodTech Festival 2023」を開催。「フードテック最前線、日本の作る、育てる、残さないが変わる」をメインテーマに、テクノロジーの力で日本の食産業の未来を切り拓く自治体や企業の取り組みを紹介した。

 本記事では、SPACE FOODSPHEREでSpace Reverse Innovation (SRI) プログラムディレクターを務め、エムエスディの取締役でもある浅野高光氏によるセッション「『具体な未来』としての宇宙生活 - 生活起点の創造的ソリューション創出」の内容をレポートする。

SPACE FOODSPHEREでSpace Reverse Innovation (SRI) プログラムディレクターを務め、エムエスディの取締役でもある浅野高光氏(写真=右)
SPACE FOODSPHEREでSpace Reverse Innovation (SRI) プログラムディレクターを務め、エムエスディの取締役でもある浅野高光氏(写真=右)

 SPACE FOODSPHEREは宇宙における食の課題の解決と、それに関連する宇宙/地上双方のビジネス創出に向けた産官学連携の支援を目的に2020年に設立された組織。非宇宙領域の企業にとっては縁遠く感じやすいが、新たに定めたコンセプトにより最近になって具体的なプロジェクトが複数走り出しているという。

宇宙における制約と同じものが地上にもある

 SPACE FOODSPHEREは、2030年代後半から本格化するとされる人々の月面生活に向けて、企業などがそれぞれの得意領域を活かして必要となるものを開発し、さらにそれを地上のビジネスに転用し事業化していくことを推進している。その取り組みの1つとして、宇宙と地上に共通する課題に着目し、早期に地上の新規ビジネスを創出しながら宇宙の課題解決を目指すSpace Reverse Innovation Program(以下、SRIプログラム)も立ち上げた。

SPACE FOODSPHEREが実現を目指す宇宙の食関連のソリューション
SPACE FOODSPHEREが実現を目指す宇宙の食関連のソリューション
来るべき月面生活に向け、それまでに必要になるものを段階的に開発していく
来るべき月面生活に向け、それまでに必要になるものを段階的に開発していく

 しかしながら、直接的に宇宙に関わっていない企業にとって、宇宙起点で地上のビジネスを発想するのは難しい。そこで、SPACE FOODSPHEREのSRIプログラムディレクターを担当するエムエスディがたどり着いたキーワードが「制約」だ。

 宇宙においてはさまざまな制約がついて回るが、同じように地上でもそれに近い制約は多数存在する。たとえば宇宙では「食」に関する制約が特に多い。調理設備や食事スペースは制限され、調理するシェフのような人もいない。食事するためのカトラリーも一般的なスプーンやフォークなどは微小重力環境下だと使いにくく、食事後に出たゴミをどう処理するかという問題もある。

 一方で地上でも、食に制約のある環境は少なくない。たとえば被災地では十分な調理場や食事環境を用意できず、衛生面の問題が発生しやすい。病院では嚥下障害をもつ人も食べられるようなメニューには制約があり、栄養面でも考慮すべき部分が多くなる。学校給食には厳しいコストの制約があるし、キャンプ地や戦場における食料も携帯性や保存性などの面で制約を受ける。航空機内での食事にも似たような課題があるだろう。

宇宙における食の「制約」
宇宙における食の「制約」
地上における食の「制約」
地上における食の「制約」

 これらのことを考えれば、宇宙での制約を解決するソリューションが多くの人の宇宙生活を実現するものであり、同時に地上の課題を解決するものにもなる。そんな「制約」という視点を提示することで、2023年になって具体的なプロジェクトがいくつも動き出すようになったという。

「スタジアムの食」から宇宙につなげるプロジェクトが発足

 現在SRIプログラムにおいて推し進められているプロジェクトの1つが「スペース・スタジアム・フード」だ。なぜ「スタジアム」なのか。「月面に滞在する宇宙飛行者の数は、2040年代になっても100人から多くて1,000人くらい。その胃袋を満たすだけのビジネスだとマーケットサイズは限られる」と浅野氏。そのため、事業化するにはより大きな地上のマーケットをまずは考えなければならない。

すでに立ち上がっている具体的なプロジェクトは3つ。
すでに立ち上がっている具体的なプロジェクトは3つ。

 宇宙食にはまだ地上と同じようにおいしいものを選べるほどバリエーションも豊富ではないので選ぶ楽しさがない。また無重力環境ではカトラリーなどの食器は扱いにくく、食べる場所も限られる。翻ってそれらの課題がある地上環境がどこかを考えたとき、見いだした1つの事例が「スタジアム」だったという。サッカーや野球といったスポーツ観戦するスタジアムでは、「唐揚げ、たこ焼き、フランクフルトなど、いまだに茶色いメニューが多い。調理設備が不足しており、ゆっくり座って食べられる場所が少なく、ゴミも困りもの」ということで、まさに宇宙での課題と一致する。

宇宙とスタジアムとで、食に関する制約や課題は近しいところがある
宇宙とスタジアムとで、食に関する制約や課題は近しいところがある

 「スペース・スタジアム・フード」では、すでに日本のプロサッカーチームととともに取り組みをスタートさせている。大分トリニータとは2023年10月29日に、サガン鳥栖とは11月11日に、それぞれホームスタジアムで宇宙食への応用を見据えて多様性のある食材を用いたフードプラットフォームである「腸詰め」や「もちつつみ」を販売した。「スタジアムに適したおいしいフードを作れば、最終的に宇宙食にもなる。宇宙食だけを目指す小さな事業ではなく、地上におけるイノベーションも同時に起こし、宇宙と地上の両方の食のニーズを満たしていく」ことが、SRIプログラムの役割であると同氏は考えている。

 現在はその延長で、調理師のネットワークを災害時に活用し、被災地における食事情を改善するようなソリューションなどにも取り組んでいる。また、それらのプロジェクトを推進する法人も2023年12月に立ち上げる計画だ。

地上の衣食住の課題を解決していく事業は「LIFE INNOVATION PROJECT」として展開していく
地上の衣食住の課題を解決していく事業は「LIFE INNOVATION PROJECT」として展開していく

 従来の宇宙開発における「花形」はロケット開発やデータサイエンスの領域だったが、米国、中国、インドが大きな存在感を示しており、リソース面で日本がそこに追いつくのはいまだにハードルが高い。しかし浅野氏は「衣食住」の分野であれば日本が勝てるチャンスもあると踏んでいる。

 世界人口は2050年に100億人へ近づくと考えられ、完全な水不足や食糧不足にまでは陥らなくても「衛生的な水にみんながアクセスできる状況ではなくなる。食べたいものが食べられる環境ではなくなる」ことはあり得る。「効率良く、豊かな月面生活を実現することは、それと同じ頃にやって来る、水、食料、エネルギーといった衣食住に関わる地球上の課題も解決することになる」として、SPACE FOODSPHEREのSRIプログラムでは企業の経営計画にリンクさせる形で新規事業開発を提案しているところだ。

「人の感情」がビジネスの種になる

 宇宙における「制約」を考えることで、地上のビジネスに発展させやすくした同団体の取り組みだが、ビジネスの種となるものは「楽しい」や「面倒」といった「人の感情」から引き出せることが多いとも同氏は語る。「楽しいと思う気持ちをかなえる、面倒なことを簡単にする、簡単に説明するとこのようなものを作ることがソリューション事業。『楽しい』や『面倒」などの人の感情に関わるインサイトを得るうえで最もわかりやすいきっかけの1つが宇宙」とする。

浅野氏が取締役を務めるエムエスディは外資系消費材メーカー出身者らが立ち上げた会社。長年に渡り人の生活や感情に着目してきただけに「宇宙でも地上でも、人の感情をどう満たすか」を考えることは同社の得意とするところ
浅野氏が取締役を務めるエムエスディは外資系消費材メーカー出身者らが立ち上げた会社。長年に渡り人の生活や感情に着目してきただけに「宇宙でも地上でも、人の感情をどう満たすか」を考えることは同社の得意とするところ

 現在は金融機関、素材メーカー、食品メーカー、飲食店、スポーツ団体、自治体、教育機関など、さまざまな企業・組織とのプロジェクトが進行している。企業にとって、新規事業開発のために顧客の新しいニーズや満たされてないニーズを捉えるのは簡単なことではない。しかし、「2040年以降の宇宙生活を考える」ことを切り口にすることで、宇宙の制約環境からニーズを探り出し、地上環境にバックキャストして具体的なビジネスイメージに落とし込みやすくなるのだという。

 米国では宇宙の衣食住に関わる研究開発もNASAが主導しており、現在の日本のようなオープンイノベーション的な取り組み方とは大きく異なるのだそう。オープンイノベーションの手法をとると時間はかかるものの、最終的な「質」の面では上回る可能性があり、浅野氏は日本の将来の「逆転劇」にも期待しているようだ。

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